ゴールド&ブラックウォッチが映える晩夏のゴルフバケーション
煌めくエレガントな腕時計の秘密APレディースウォッチの世界へ
ロイヤル オークと刻む麗しのラグジュアリーステイ
「この時計とともに時を楽しむことで、幸せな生き方ができる」
オーデマ ピゲ新作モデルの革新性と複雑機構の無限の可能性
ONとOFFを彩る“CODE 11.59” &“オフショア” CASE 2
歴史と想いを後世に伝える、“金継ぎ”というサステナブルな伝統技法【大脇京子インタビュー】
『ロイヤル オーク オフショア 30年の歩み』展がオーデマ ピゲ ブティック 銀座で開催中
MY AP STORIES /
2021.12.23
18歳にして“時”の真価と向き合い、みずからの身体でそれを表現してきた。オーデマ ピゲを「自分の人生を変えてくれた時計」と言ってはばからない永野亮比己さんは、その最新作である「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ」を手にした今、何を語ってくれるのか。
ヘリンボーン柄によるネイビーのセットアップスーツは、クラシックな趣ながら伸縮性に富み、実に着心地がいいと言う。そこに白いタートルネックセーターで品よくリラックスした雰囲気を演出するあたりは、なんともお洒落である。そして、そんな服の上からでも無駄を削ぎ落した、研ぎ澄まされた肉体がそこにあることを感じさせる。 17歳で「ルードラ・ベジャール・ローザンヌ・バレエ学校」に入学して以来、国内外の名だたるバレエ団、劇団に所属し、現在も俳優、そして舞踊家としてさまざまな舞台に出演しつづける永野亮比己さん。そんな彼の左腕で華やかに、でも静かに存在感を放っているのが「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ オートマティック」だ。 「メンズ誌を読んでいたら、たまたま『CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ』が紹介されていて、そこで初めてこの時計の存在を知りました。そのときは『あ、オーデマ ピゲが新作を出したんだ』くらいにしか思っていなかったんですが、去年、普段からよく視聴しているYouTubeのファッションチャンネルで特集されている動画を見て、いいなと思って。その番組で、まさにこのスモークブルーの文字盤をのせたモデルが紹介されていて、『これは欲しい!』と思い、すぐにブティックに行きましたね」 18Kピンクゴールドケースとサンバースト模様のスモークブルーラッカーダイヤルが美しいコントラストを表現した3針モデル。そこに文字盤と同じブルーのラバーストラップを組み合わせた、スポーティで爽やかさすら感じさせる1本は、躍動的に、そして軽やかにステージを舞う永野さんのキャラクターにぴったりだ。 「今日の服もそうですが、僕はもともとブルーが好きなんです。地元が神奈川県の湘南ということで海が大好きで、それこそ17歳で留学したスイスのローザンヌにもレマン湖がありましたし、昔から水辺に身を置くことが多かった。だからブルーを目にしたり、身に着けていると落ち着くというか、自然とブルー寄りのカラーを選ぶようになりましたね。 この時計もグラデーションがかった、まるで深海のようなブルーに惹かれて。ブルーのラバーストラップに替えたのは最近で、ややカジュアルな印象になりすぎるかな……とも思ったんですが、意外としっくりきたのでとても気に入っています」
聞くと、オーデマ ピゲとの出合いは、ローザンヌに留学していた18歳の頃まで遡るという。そして永野さんはオーデマ ピゲを「自分の人生を変えてくれた時計」だと言ってはばからない。 「ルードラ・ベジャール・ローザンヌではクラシックバレエだけでなく、コンテンポラリーやジャズなど、さまざまな種類のダンスを学びます。そのなかで、自分たちで自由に振り付けをつくる機会があって、1カ月という期間内でいろんな作品をつくるんです。僕らはヨーロッパ各国をツアーでまわっているんですが、その作品が認められるとツアーのステージで発表することができる、いわゆる座内コンペティションみたいなものがあるんですね。そこで、僕のつくった振り付けが割と評価をしてもらえて、『じゃあアキヒコ、近々、時計をモチーフにした振り付けをつくる機会があるから、やってみないか?』と言われて、そのときはどんな時計かなんてまったくわかりませんでしたが、『ぜひやってみたい』と。その振り付けを依頼したのが、オーデマ ピゲだったんです。 『時間は永遠に流れつづけている』『時間は魔法のようだ』『時間はあるようでない』みたいな、18歳の僕にはすごく難しいコンセプトを提示されたのを覚えています。それをもとに作品をつくり、2004年4月におこなわれたジュネーブの時計見本市で、オーデマ ピゲさんのイベントの前座のようなかたちで発表させてもらったんです。しかも、その振り付けがさらに評価されて、そのあと1カ月間くらい僕の振り付けでヨーロッパをまわり、何都市かで発表させてもらいました。 僕は以前在籍していた劇団四季、そして宝塚歌劇団さんでも振り付けをやらせていただきましたが、あのときオーデマ ピゲの振り付けをやっていなければ、振り付けに対してそこまで興味をもっていなかったと思います。そういう意味では本当にありがたい経験でしたし、本当に、オーデマ ピゲが僕の人生を変えてくれたと思っています」
「もちろん、当時の自分にとってはあまりにも手が届かない存在というか、いつか手にしたいということすら考えもしないほど、ひたすら舞台に没頭していました。それから10年以上が経った30歳くらいのとき、僕は劇団四季の『ウィキッド』という作品でメインキャストを演じることになり、そのタイミングでたまたま、いわゆる高級時計を購入する機会があって。それをきっかけにだんだん時計について調べるようになったある日、オーデマ ピゲの時計と再会したんです。 18歳だったあのとき、自分の人生を変えてくれたオーデマ ピゲ。これを目指さずにはいられないと強く思い、その日からオーデマ ピゲの時計は僕のなかで、ぼんやりとした憧れから明確な目標へと変わりました。最初に『ロイヤル オーク クロノグラフ』を購入させていただく機会に恵まれ、今年5月には2本目のオーデマ ピゲ、初めての『CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ』として、この時計を手にすることができたんです」 永野さんは「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ」の魅力を、表現者としての自分と重ね合わせて、こんなふうに話してくれた。 「僕は時計の魅力を言葉にして表すとき、“品”とか“勢い”だとか、または“華”だったり、ダンスにも通じるような表現をするのが好きで、この『CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ』に関しては、すごく品があって華もあるんだけど、前に前に出ていく感じがあるかといったら、そうではない何か違った勢いみたいなものを感じるんです。 “出しすぎない美学”ってあるじゃないですか。踊りにも言えることで、ここは出しすぎないで引いたほうがいいとか、それは歌でもお芝居でもそうなんですが、あえて語らずそこにいるだけなのに、ものすごく存在感があるっていう。この時計にはまだいろんな可能性が残されているような気がして、眠っていて出していない未知の力を秘めた時計という感じがして、そんなところが魅力ですね。でも、僕自身のスタイルって、けっこうガッと前に出しちゃうほうなんですけど(笑)。 僕は本当に、感覚人間なんですよ。直感で動くというか、けっこう感性で生きてきた節が強いと思います。考える前に、まず動いちゃったほうがいいと考えることが多くて、それは舞台上でも、それ以外のときでも。でも、やっぱり物事を順序立てて考えたほうがいいときもあるんだなって、最近はよく学んでいます(笑)。そんな自分を制御してくれるといったら語弊があるかもしれませんが、ある意味、この『CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ』が手元で静かに見守ってくれているというか、『焦るな』と、『お前は俺をパートナーに選んでいるんだろ?』と言ってくれているような気がしますね」
「BREAK THE RULES」というキーワードを掲げ、2019年、革新的なデザインで私たちの前にその姿を現した「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ」。そんな時計と歩み始めた永野さん自身も、みずからを革新しつづける。 「僕は35歳という年齢をひとつの区切りにしていて、その年齢までにやりたいと思っていたことがあったんですが、実際に35歳になった今、その7~8割は達成できたんです。なのでこれからは、いち表現者としてありつつも、いわゆるセカンドキャリアというものをまったく違うことでつくっていってもいいのかなと思っていて。自分で会社を立ち上げて、新しいことにチャレンジするのもおもしろいなと思い始めています。 それこそ来年、再来年に向けてやってみたい事業もいくつかあって、もちろんそれはエンタメに関わることではあるんですが。あとやっぱり、僕のなかで海外のマインドがすごく強いので、日本だけにとらわれず、こんな世の中ではありますがなんとか海外と常に仕事ができるようにしていきたい。 ただ何をやるにしても信念をもって、真剣に、真面目に取り組んで、かつ楽しみながらやっていきたいですね。もちろん需要があれば、ずっと舞台に関わっていきたいと思っていますが、もっともっと自分が楽しめそうなことをやっていきたいと思っています。勢いって、大事ですから(笑)」 18歳のとき、期せずしてオーデマ ピゲのためにつくり上げた作品の最後は、永野さんのこんな言葉で締め括られたのだという。 『時間は永遠に流れつづけている。僕らは常にこの瞬間を必要とするために』 これからの永野さんがどこにいようと、何をしていようとも、その傍らには常に「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ」が輝きを放っているはずだ。
永野亮比己(Akihiko Nagano) 1986年生まれ、神奈川県出身。17歳で渡欧。スイスのルードラ・ベジャール・ローザンヌ・バレエ学校にて、巨匠モーリス・ベジャール氏に師事。のちにオーストリアのグラーツ・オペラ・バレエに所属。帰国後は劇団四季に入団し、ミュージカル『キャッツ』『ウィキッド』など数多くの作品に出演。退団後は『ウエストサイド物語』『ビリー・エリオット』『ジェイミー』などのミュージカルに出演するほか、宝塚歌劇団への振付提供、企業イベントなどのプロデュース、定期的に自身の企画・演出による主催公演をおこなう。俳優業のみならず演出家、振付家としても多岐にわたる活動をおこなっている。 Instagram: @akihikonagano_official
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