PROFILE
MASAYUKI HIROTA
広田雅将
腕時計専門誌「クロノス日本版」編集長。メンズ誌への寄稿から時計ブランド、時計専門店で講演会を行う、業界イチの博学な時計ジャーナリスト。その知識の豊富さから、付いたあだ名は"ハカセ"。
「クロノス日本版」CODE 11.59の特別記事はこちら

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2020.12.25
“ハカセ”と呼ばれる時計業界のご意見番、時計専門誌「クロノス日本版」編集長、広田雅将が、“ならでは”のウンチクを織り交ぜて、オーデマ ピゲについてレクチャー。今回は5色2型がラインアップする「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ」(以降、CODE 11.59)について、詳しく解説する。
MASAYUKI HIROTA
腕時計専門誌「クロノス日本版」編集長。メンズ誌への寄稿から時計ブランド、時計専門店で講演会を行う、業界イチの博学な時計ジャーナリスト。その知識の豊富さから、付いたあだ名は"ハカセ"。
「クロノス日本版」CODE 11.59の特別記事はこちら
正面からのルックスはシンプルなスタイリングのラウンドウォッチ。あえてダイヤルを大きく設定しているため、太腕の人が身につけても存在感を放つ。また、ショートラグのため、細腕の人でも腕から飛び出しにくい構造に。女性でも男性でも快適にフィットするよう緻密にデザインされたケース形状が絶妙だ。
正面からは端正な顔つきのラウンド形状の腕時計だが、側面から見るとまた違った表情をみせるのがCODE 11.59。立体的なケース構造と、新たに加わったバイカラーケースがその魅力を引き立てる。
表面と裏側の曲率が違うことで生み出される、美しいサファイアガラスの波状模様も、この角度から堪能できる。
2020年の新作ではエレガントな5色のカラーダイヤルを追加。美しいグラデーションを描く、スモークラッカーダイヤルを採用し、CODE 11.59のさらなる個性を引き出している。もっとも色鮮やかな輝きを放つ「スモークバーガンディ」のほか、深みのある色調の「スモークパープル」や「スモークグレー」「スモークブルー」さらに「グレー」とオリジナリティ溢れるラインアップ。サテンの上に半透明のラッカーを何層にも重ねたカラーダイヤルは、光の加減によってさまざまな表情を見せる。
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HIROTA’S COMMENTS
CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ
その魅力を改めて考える
2019年1月、筆者はオーデマ ピゲの本社で、「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ」のお披露目に立ち会った。最初の印象は、一見シンプルだが、ケースに凝った奇抜な時計。しかし、手にとってその印象は変わった。これは安直なプロダクトではなく、オーデマ ピゲの次の世代を担う時計になるだろうと。
その後食事になって、関係者たちとCODE 11.59の話になった。ある人は「このデザインには賛否両論があると思う。しかし、「ロイヤル オーク」の発表時や、「ロイヤル オーク オフショア」がリリースされたときも同じだった」と語った。なるほど、過去の経験があればこそ、オーデマ ピゲは確信犯として、CODE 11.59にかつてないデザインを盛り込めたのだろう。
1972年の「ロイヤル オーク」は、いわゆる「ラグジュアリースポーツウォッチ」の先駆けと言われている。しかし、そのデザインを見ると、スポーツウォッチを薄くしたのではなく、薄いドレスウォッチに立体感を加えたことがわかる。1930年代以降、薄型時計を得意としてきたオーデマ ピゲ。そんな同社が、立体的なデザインと、防水性能と耐衝撃性を高めた新世代の薄型時計を作ろう、と考えたのは当然かもしれない。初代の「ロイヤル オーク」とは、薄さと立体感、そして実用性という矛盾を高度に両立させ、さらに高級時計はゴールド素材という当時の概念に反した試みであり、それは創業以来オーデマ ピゲが好むものだった。
新しいCODE 11.59は、矛盾を両立させるというオーデマ ピゲの姿勢をいっそう体現している。正面から見ると、そのデザインは古典的な3針時計。しかし、側面のデザインは、2000年代以降のスポーツウォッチ以上に立体的なのである。1990年代以降、多くの時計デザイナーたちの頭を悩ませてきたのが、ベーシックな時計にいかにして存在感を盛り込むかという課題だった。あるメーカーは過剰なまでにリューズを大きくし、またあるメーカーは側面にコインエッジを刻むことで、ベーシックな時計にユニークさ、別の言い方をすると個性を加えようと試みてきた。
CODE 11.59のアプローチは、1990年代以降に時計デザイナーたちが取り組んできた試みの延長線上にあるものだ。横から見た「プロファイル」を立体的に仕立てることで、正統派の時計に違った表情を盛り込む。CODE 11.59の方法論はまさしくその通りだったが、このモデルはふたつの点で、極めて革新的だった。
ケースの側面を立体的にするにあたって、多くのメーカーは、そのデザインモチーフを昔の時計に頼ってきた。大きなリューズ、コインエッジ、そして膨らませたケースサイドなどは、すでに存在したデザインであり、結果として、時計全体に調和をもたらすものだった。対してCODE 11.59が選んだのは、八角形というかつてないデザインだった。普通、ベゼルが丸い時計は、多角形の側面を持たない。ベゼルが丸ければ、側面も丸になるし、側面が八角形ならば、ベゼルは八角形になるだろう。
対してオーデマ ピゲは、丸いベゼルを持つCODE 11.59に八角形の側面を与えてしまったのである。これが、初めて見た筆者がCODE 11.59を「奇抜な時計」と感じた理由だ。加えてラグの内側を肉抜きするだけでなく、風防の上面を湾曲させ、さらに風防の内側には上面と異なるドーム型のカーブをつけることで、見る角度によっては何段もの曲線が現れるという。生半可なスポーツウォッチ以上に立体的なプロファイルをCODE 11.59は持ったのである。その結果、丸いデザインと八角形の側面というありえない組み合わせは、時計全体に上手く馴染んでしまったのである。オーバーフローを起こすほどデザイン要素を重ねて、新しい試みをさもあったかのように見せるとは、誰が想像しただろう?
もっとも、ケースの完成度が高くなければ、CODE 11.59の野心的なデザインは破綻したに違いない。ケースを自社で作るようになって以降、オーデマ ピゲは年々ケースのクオリティを高めてきた。その現時点におけるベストは、間違いなくCODE 11.59のケースである。ツヤを落とした筋目仕上げは均一に施され、部品同士の噛み合いも極めて密だ。文句の付けようがないほど外装の完成度を高めることで、さまざまなデザイン要素を盛り込んだCODE 11.59は、驚くほどの整合性を持てたのである。
1972年発表の「ロイヤル オーク」は、薄さと立体感という矛盾の両立に取り組み、果たして大きな成功を収めた。2019年のCODE 11.59も同様ではないか。オーデマ ピゲは明言しないが、CODE 11.59という野心的なモデルが試みたのは、ベーシックさと、スポーティという「矛盾」の両立だったのである。しかし、創業以来、同社が矛盾を高度に両立させたことを思えば、CODE 11.59の非凡な完成度は当然だろう。
ベーシックでありながらスポーティというCODE 11.59。それを示すのはデザインに限らない。新しく開発された4300系および4400という自社製ムーブメントは、スポーツウォッチに転用できるほど高性能なのである。振動数が2万8800/時に上がったことで、強いショックを与えても時間はいっそう狂いにくくなり、パワーリザーブが約70時間に伸びた結果、長時間、精度を維持できるようになった。加えて心臓部のテンワを大きくすることで、普段使いの精度は大幅に改善されたのである。あえてムーブメントを薄くしなかったのも、頑強さのためである。
ベーシックな時計にスポーティな要素を盛り込みたければ、ケースに大げさなリューズガードを加えたり、ベゼルや針を太くするのが定石だ。対してオーデマ ピゲは、スポーツウォッチに共通する立体感という要素「だけ」を抽出し、CODE 11.59に加えてみせた。にもかかわらず、中身はスポーツウォッチ以上にスポーティというのも、オーデマ ピゲらしい「ひねくれぶり」だ。
時計としてのパッケージングを揃えたければ、危なげない要素だけで構成するに限る。それらは面白くないかもしれないが、統一感は与えてくれるだろう、対して、オーデマ ピゲはあえて違和感をもたらす要素を加えながらも、CODE 11.59に非凡な統一感を与えてみせた。なぜオーデマ ピゲがCODE 11.59に成功したのかという答えは、CODE 11.59が誕生した年のブランドコンセプトで同社自らが明かしている。“To break the rules, you must first master them.”「ルールを破りたければ、まずそれらをマスターすること」。CODE 11.59という極めて野心的な時計を生み出したのは、実のところ、ル・ブラッシュの老舗が培ってきた、長い歴史なのである。